携帯電話・スマートフォンはVoLTEやVoLTE(HD+)といった技術を提供していて通話音声の品質をどんどんと向上させています。これから本物の5G、スタンドアロン5Gの時代になるとVoNRという技術が使われる予定で、スマートフォンの音声通話はよりクリアに、品質の高いものとなっていく予定です。
(まあ、現実的な問題として日本国内の全域に5Gネットワークが構築されるかというとそうではなく、5Gエリアの圏外、4Gエリアに出た場合はVoLTEが継続して使用されるのですが。)
音声通話において音声のクリアさは重要な要素で、スマートフォン単体では技術の進化が進んでいるのですが、Bluetooth ヘッドセット(通話用マイクを持つイヤホン、ヘッドホンも含む)においてはちょっと進化が遅れているというのが現状です。
音声通話用プロファイルはHFP
Bluetooth ヘッドセットはハンズフリープロファイル(以下HFP)という通信プロファイルを用いて音声の双方向通信を行っているのですが、HFPは当初、電話なら音質より遅延が少ない方がずっと重要でしょ、というスタンスで提供されたものなので音質の面では劣悪なものでした。代わりに、遅延は通常の音楽再生よりずっと少ないです。その辺に転がってるスマートフォンで実測すると0.1秒から0.2秒を切るくらいの遅延になるでしょうか。ちなみに、通常の音楽再生にはA2DPという別のプロファイルを使用しています。
(Bluetoothは音が悪い、というイメージは初期のHFPとビットレートが低かった頃のSBCコーデックの影響だと思われます。個人的にはイヤホンやヘッドホン本体の再生能力の違いを除けば、十分に高いビットレートであれば最も音質が劣悪とされるSBCコーデックでも、音質の面で人間の聴覚能力で音質の劣化を認識するのは難しいのではないか…と思っていますが。)
HD Voiceの登場
当初のHFPよりも高音質な音声通話を提供するために、HFPのバージョンが1.6のときにHD Voiceという規格が追加されました。これが現状HFPが提供する、普及しているBluetooth ヘッドセットにおける最高の音声通話方式です。ただ、HD Voiceも音質の面ではあまり良い環境とは言えません。
レガシーHFPの仕様は1チャネル、16ビット、8000Hz。HD Voiceの仕様は1チャネル、16ビット、16000Hzとなっています。
数字だけ書かれても何を言ってるのか分からないと思いますが、HD Voiceにおいては帯域が16kHzになり、つまりテープレコーダーに相当する音声品質に向上しました。定量的に周波数をサンプリングして符号化し、ばっさりいらない音を切り捨てることで伝送を高速、低遅延に行えるようにしており、音割れが起きたり、特定の単語で聞き取りづらかったりすることがあります。
有線マイクが2チャネル、16ビット、44100kHz、つまりCD相当の音質を実現しているのと比べるとやっぱり天と地ほどの差があるわけです。ちなみに、通常の音声再生に使われるSBCやAAC、aptXコーデックもCD相当の音質とされています。
ただし、Qualcommに限る
さて、通常普及しているスマートフォンにおいてはHD Voiceが最高の音声通話方式と言いましたが、最新の、一部のチップセットを搭載したスマートフォン製品においてはもっと高品質の音声通話方式が提供されています。SnapdragonシリーズのチップセットをAndroidスマートフォンに提供している、QualcommのaptX Voiceというテクノロジです。aptX Voiceの仕様は1チャネル、16ビット、32000kHz、FMラジオ並みの音質とされています。44.1kHzのCDには届かないですが、それでもかなりマシなサンプリングレートに成長しています。
もともとはテレビ放映などの業務用途に開発され、今はBluetoothでのオーディオ再生におけるコーデックとしても使用されている、aptXの技術を引き継いだテクノロジがaptX Voiceであり、HFPで使用される他のコーデックよりもクリアで、原音をなるべく破壊しない範囲で圧縮されるようになっています。
ただ、aptX Voiceを使用するための専用回路はSnapdragonの中でも865および765チップセットから標準搭載されていて、2020年以降に発売されたミドルハイ〜フラッグシップAndroidスマートフォンしか対応していません。しかも、完全ワイヤレスイヤホンに使用されるチップセットもQualcommの設計した新しいチップセット(これも2020年以降に発売されたフラッグシップ向けチップセット…つまりQCC5141や5144)である必要があるために、現状では恩恵に預かれる製品の組み合わせがとてもとても限定されてしまっています。
というわけで、Bluetoothのイヤホンやヘッドホンを使用して音声通話やボイスチャットをなるべく高音質で楽しみたい場合は、iPhoneなどのApple製品、Windows PC、古いAndroid端末を使っているかたはHD Voiceに対応したBluetoothヘッドセットを、最近発売されたSnapdragon搭載製品を使用されている場合はQualcommのフラッグシップチップセットを搭載した最新のBluetooth イヤホンを購入するのが周波数的には音質が良いということになります。
で、どれが対応製品なのよ?
実のところHD Voiceは製品によって対応状況が明示されていたり、いなかったりします。製品によって、mSBC、Wide Band Speechなどと表記されることもあるのでますます混乱を助長します。親機となる各端末のOSは基本的にHD Voiceに対応しているはずですが、HD Voiceで接続していてもそれを明示する仕組みがなかったり、設定の深いところを見ないと確認できなかったりします。(たとえば、Windowsだとヘッドセットのプロパティからサンプリングレートが確認出来るのでHD Voiceを使用していることがわかります。)
aptX Voiceにしても対応がきちんと明示されているとは言い難く、Snapdragonの888、870、865、780、768、765を搭載したスマートフォンで対応しているということになっていますが、aptX Voiceが製品カタログのスペックシートに記載されることはありません。また、完全ワイヤレスイヤホンの側にしてもaptX Voiceへの対応がカタログのスペックシートに記載されることは絶無であり、そもそもaptX Voiceに対応するチップセットを搭載した製品がまったく発売していない上に、さらにさらにAndroid OSの側でもaptX Voiceを使用していてもそれを明示する仕組みが全くないような状況だったりします。
混沌とした状況の高音質Bluetooth オーディオ
これまではBluetoothの標準仕様であるHFPやSBCの限界を打破するためにそれぞれのベンダーが独自の工夫をしていたのだが、このために規格がばらけて機器によってaptXが使えたり使えなかったり、という状況が生まれてしまっています。
2020年に投入が予告されているBluetoothの新しいオーディオ規格、LE Audioでは新しい標準コーデックのLC3を採用することで、音声通話についてもVoLTE(HD+)に相当する程度に品質が向上するとしている。(波形特性に違いは出るだろうが、基本的にはaptX Voiceにも相当すると思われる)
LE AudioやLC3をサポートする製品の登場は2020年の時に来年、つまり今年を予告されている。実際にスマートフォンや完全ワイヤレスイヤホン製品でLE Audio規格が追加されたBluetooth バージョン5.2に対応した製品が出回り始めている。これらの機器がすべて実際にLE Audioに対応するかというとそうではないだろうが、今後のソフトウェアアップデートによってLE AudioやLC3に対応するものもあるだろう。また、標準仕様が刷新されることで対応を明示しないわけにもいかなくなるだろうから、製品を選ぶ時に悩まされることも少なくなると思われる。
…つまり、何が言いたいかというと、あと何年か待ってれば改善される可能性が高いけど、今おすすめ出来る通話用Bluetooth製品はないってこと!テレワークやゲームなどのボイスチャットでもっと良いヘッドセットが欲しいと思われているかたはいると思いますが、率直に言えば有線ヘッドセットから探されることをおすすめします。
一応、aptX Voiceに対応するQCC5141を搭載した製品として、Makuakeのリターンに設定されていたLIBRATONE AIR+(2nd)が存在するが、これは現時点(2021/08/10)ではAmazon - LIBRATONE (リブラトーン)のストアなどの正規の流通がなく、リターン商品を獲得出来た人以外は涙を呑むしかない。
楽天でally plus IIなる製品がQCC5141を搭載すると謳っているものを発見したが、これは総務省のデータベースを検索しても見つからなかったので、技適を取得していないのではないかと疑っている。国内でこの製品を使用することは電波法違反になり、罰せられる可能性がある。楽天以外の販路で販売しているのも見つからなかったので勝手に輸入してきた海外製品をなにも認証を通さず売っているんだろう。同じブランドのヘッドホンは技適を通ってるようだが…。
参考・関連リンク
Qualcomm Introduces aptX Voice Audio Technology for Higher Quality Voice Calls | Qualcomm
LC3 Will Have Big Impact on the Next Generation of Audio | Bluetooth® Technology Website
LIBRATONE新しいANC技術はさりげなく。心地よい没入感体験型イヤホン|マクアケ - アタラシイものや体験の応援購入サービス