7/19:BLEへの対応についての追記・修正
GENKI Waveformなる完全ワイヤレスイヤホンのプロジェクトが、クラウドファンディングサイト Kickstarterで行われていて、気になっている。
クリエイターは米国のHuman Things。既にいくつかのSwitch向けゲーミングデバイスをクラウドファンディングを利用して世の中に送り出している企業のようだ。
▼プロジェクトページ
https://www.kickstarter.com/projects/humanthings/genki-waveform
GENKI Waveformの先進性としては、完全ワイヤレスイヤホンとしては世界で初めて2台の親機からのオーディオストリームを同時に受信し、音声再生をミックスすることが出来る、と謳っていることにある。
これまでの一般的な完全ワイヤレスイヤホンは基本的にマルチペアリングには対応し、複数台の親機とのペアリングを記憶することこそ出来たものの、接続の切り替えには接続を手動で切断したり、Bluetoothをオフにして対応したり手間をかける必要があった。
高級機ではApple AirpodsがAppleデバイス間である程度スムーズに接続する親機を切り替えられるし、少しずつ増えているマルチポイント接続に対応する機種は2台の親機と同時に接続し、音声が後から流れた方にシームレスに切り替えることができる。
ただ、これまでのどんな高級機種も2台以上のデバイスと同時に接続しながら、オーディオをミックスして再生することは出来ていなかったのだ。
GENKI WaveformはバッテリーケースをUSBあるいはヘッドホンジャックで接続する専用オーディオトランスミッターとして使用することで、そのオーディオトランスミッターと1台のデバイスとの2台同時接続・音声ミキシングを実現するのだという。また、オーディオトランスミッターとイヤホン間は低遅延コーデックのaptX adaptiveで接続されより低遅延のオーディオ再生が行えるとのことだ。
GENKI Waveformの(現時点で予告されている)スペック
プロセッサ:Qualcomm QCC3056を予定
対応コーデック:SBC、AAC、aptX、aptX HD、aptX adaptive
アクティブノイズキャンセリング:フィードバック/フィードフォワードのハイブリッド
防水性:現在はIPX4から5の間にあり、最終生産ではIPX5を達成したいとのこと。
本体カラー:カラーバリエーションの追加に取り組んでいるが最小ロットの制約のためにバッカーからのフィードバックによって決まるとのこと。
その他:Qi(ワイヤレス充電)対応、Google Fast Pair対応予定
価格:Kickstarterのバッカーは199ドル(送料・税別)
Kickstarterの懸念点
書いてあることは夢のようだが、Kickstartarのプロジェクトなので資金が十分に集まったとしてもプロジェクトが破たんして製品が入手できない、ということが起こりうる。
クラウドファンディングのプロジェクトが破たんする理由は色々あって、会社が債務を履行することが出来なくなりプロジェクトの継続が不可能になったとか、クリエイターが金を使い込んでしまったとか、技術的なハードルが超えられずに開発が難航してそもそも完成に至らなかったとか。
Human Thingsは既にいくつかのプロジェクトで実績があり、ある程度信用は置ける企業に見えるものの、GENKI Waveform自体の実現性については若干の疑問符がつく。
2つのオーディオストリームを同時に受信することはアンテナの数を2本に増やせばよい。実際、プロジェクトの画像を見るにイヤホン本体のプレートが最近の機種としてはかなり大きい。
問題は受信した2つのオーディオストリームを、
- 親機側で処理されたコーデックに則り複合
- 同期を取りつつミックスする
- デジタル化されているオーディオデータをアナログ音声に変換(DAC)
という複数の処理はあくまでイヤホン側のプロセッサで行う必要があることだ。
デジアナの変換は最終的に統合された1つのオーディオストリームをアナログに変換するだけだろうから、特別な処理を行う必要はないと思うが、オーディオコーデックの複合やストリームの統合が問題となる。
オーディオコーデックの処理は完全ワイヤレスイヤホンで使われるようなDSPにとってはそれなりに重い負担だ。QCC3056はこれまでのQCC3000番台よりもDSPのコアが増えて強力になっているはずだが、過去のフラッグシップと比べて特別強力なプロセッサというわけではない。
2つのストリームの同期を取りつつミックスすることも、負担は大きい。モダンなPCやスマートフォンでも音声のミキシングというのはかなり重い処理で、システムによるオーバーヘッドが数十ミリ秒とかの単位で発生することがある。
現実的なレイテンシで実現することが出来るとは思えないので、何らかの専用ICをプロセッサにリンクしてそちらに処理を任せるということにせざるをえないのではないかと思う。つまり、現時点で市場に存在していないICを製造・設計する必要が出てくるのではないか?ということだ。
ICの設計というのは、実のところそれほど高いハードルではない。ファブレスのICベンダーは雨後の筍みたいに生まれて、死んでゆく。設計するのは(相対的に)それほど難しくないが、量産までこぎつけて受注を取り続けるということは難しい。実際にICの製造が出来るのはごく限られた受託製造企業であり、そういった企業はICの製造において最低ロットというハードルを設けている。
例えばこれがAppleのプロダクトであれば、ふーん、そういうことが出来る石を設計したのかと思うし、RazerだったらPixArtあたりが何か良い石提供してるのかなと思う。
でも、Switch向けのプロダクトを手掛けている小さな企業がそういうことを実現できるファームウェアであったり、ICであったりの設計能力があり、なおかつ量産まで乗せられるかと言われるとちょっと疑問である。
完成品が出来たら欲しい!
だけど、今のところこの製品に200ドルを突っ込むのは躊躇している。Kickstarterはあくまで寄付と同様の扱いであり、投資者に資金が返還されることは基本的にない。Bluetooth機器はスマートフォン同様、技適を通す必要もある。(利用の申請は簡単に出来るけど)実機が出てきて、問題がなさそうなのが判明してから買っても遅くはないだろう。
ぼくが勝手に懸念している点は実際のところ全て解決済みである可能性はけっこう高い。ぼくが知らないだけで問題を解決してくれるようなICが既に存在する可能性だってあるし、今は存在しなくてもバックに大手のICベンダーや完全ワイヤレスイヤホンの受託製造を行っているメーカーがついていて、こっそり時限独占的にICを供給することで技術的なハードルはそちらが解決してくれているということも考えられる。
ただ、その場合は最終的にGENKI Waveformの類似品が世の中に溢れかえることになるだろうから、やはり焦って買う必要はない。
(追記)BLEへの対応
その後、あらためて対応プロファイルにBLEが追加されていることを確認した。LEAudioの標準コーデックであるLC3への対応を表明していないのがちょっと気になるが、基本的にはデュアルストリームの実現にLEAudioを使用しているのだろう。
LEAudioではそもそもマルチストリームオーディオの対応を謳っているし、並列アクセスを可能とするEnhanced Attribut Protocolやよりリアルタイムの伝送を行うためのLE Isochronous Channelsの実装が行われている。製品の実現性という点での疑問はある程度解消されている。
LEAudio対応デバイスは2022年の末から出回るだろうと予測されているので、2022年10月末までに発送される予定のGENKI:Waveformは最速で入手可能なLEAudio対応デバイスのひとつになるかもしれない。現状ではAndroid 13が最速でLEAudioに正式対応すると見られていて、iOS16はどうもデベロッパー向けのパブリックベータを確認する限りとくに触れていないので、PIxel6以降のGoogleデバイスくらいしか最速でLEAudioを体験出来る環境はないということになるだろうが…。(追記ここまで)